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【 嘉多山公園と石灰 】

中学校脇の 春には桜のきれいな公園。
部活の時には 坂道でトレーニングし放題(苦笑)

古くから操業していた吉沢石灰工業の昔の鉱山あと。
ひっそりと 昔の窯の跡もある。

小さいけれど、こういう地形が「カルスト」なんだ。
今になって気づく。
(ただの石、ただの岩 としか思ってなかった)

原人ステージや 古いけれどその上の展望台もある。

東側には とり小屋の上に(小さいころは孔雀やパンダウサギも居た)
浅間神社、

西側には 葛生小の講堂が移築されているけれど
その上の小さな神社が 
春の山神祭(花火!)のときのお祭りの元の神様じゃぁなかったかな。
東の長坂から移された こんぴらさん。

所在地 佐野市嘉多山町1790
電話
駐車場 麓と1段目、東の浅間神社前、
西の講堂前にあり。
佐野市HP
my blog
中学〜公園まで桜が沢山咲く。
戦後おばたちの頃 
植えたような話を聞いた気が。。。
展望台から
葛生の街の中心部を見下ろせる。
中央左寄りの山は「中村富士」。
最澄さんが諏訪明神を祭祀して
正式には諏訪岳なのだとか。
向こう側の大慈寺さんのお話。
まちを見下ろす
昔の吉澤石灰社長さんの像
(毎年元旦の朝には 父と必ず
お参りに来た)。
そのうしろには石灰の山の名残。
カルスト地形を残した部分。
遊具や蒸気機関車の傍らに・・・
昔は気づかなかったのですが 
だいぶ昔の窯のあとが。
以前から書いてあったのかな・・・
明治から大正5年まで石灰石を
やくために使われた
「七輪窯跡」だそう。
山側の 
窯の跡だけわずかにのここる。
いずれにせよ、人の大きさと
そう違わぬスケールで
産業が成り立っていたことを
改めて思う。

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