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足利氏のルーツ
大藤や相田みつを

旧安蘇(あそ)郡
秀郷ゆかりの地

旧安蘇郡。生命の
歴史が身近なところ

巴波(うずま)川を
軸に発展 蔵の街
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<詳しくは足利市観光協会 等ご覧ください>

【  番外編 足尾銅山  】

現在は日光市に合併している
旧足尾町。

銅山が発見された江戸初期は
安蘇郡に属していたそうです。

江戸期、その山の表面の銅から
銅銭がつくられていきましたが

とれなくなったと判断され
古河電工の前身に払い下げられました。

文明開化の波に乗り、一番ではないものの
2番目?くらいに間藤(まとう)の水力発電のダムができ
一時期は 修学旅行先にもなったのだとか。
その電力で 採掘や精錬だけでなく
電車も走りました。

その隆盛と引き換えに
下流域で鉱毒が広がり
明治の世に 田中正造が天皇に直訴し
栃木・群馬・埼玉・茨城の県境に
渡良瀬遊水池がつくられ
谷中村の人たちは 北海道に移り住むことになります。。。

ちなみに 悲しい歴史を生み出した 古河氏の邸宅周辺は
日本橋のCOREDO室町 福徳神社のにぎやかなところ。
今もその像が佇んでいます。
(奥様は 神田川で悲しい最期を遂げられたようなお話もあります・・・)

有志で運営されていた歴史館、
2018年の末より
古河グループの支援で再スタートしているようです。
遊水池周辺と セットでお話を知ると
また 深みが違ってくる気がします。
こんな山奥ですが
いろんな時代の日本を支えてきた 足尾。
この地だけの問題では ないんですよね。。。
所在地 足尾銅山観光:栃木県日光市足尾町通洞9-2
古河足尾歴史館:日光市足尾町松原2825

電話 足尾銅山観光:0288-93-3240
古河足尾歴史館:0288-25-5810
駐車場 あり
公式HP
my blog
  
6年ほど前の春先
足尾歴史館、
トイレ休憩代わりに
一瞬立ち寄るつもりでしたが
夫をおきざりにしながら
駆け足ながらも 
たくさんお話が聞けました
葛生の石灰も土壌を戻すために
使われておりました
緑化がすすめられ
緑も取り戻しつつあるものの
ここでも野生動物の食害が
いま 一番の難題とのことでした
・・・昨今のゲリラ豪雨は 
 どうでしょうかね。。。。

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